救われるはずの親子が、きちんと救われる社会へ


私がここまで産後ケアを大切にしている理由

20年以上も前のことです。
育児休暇が明けての仕事復帰

子どもが1歳になる前に、産後、復職をした診療科は、小児科でした。
助産師として、はじめて産科以外の場所で働いた頃のことです。

慣れない育児と新しい仕事の両立に、私自身もしんどさを抱えていました。
夫はほとんど仕事で自宅にいない、ワンオペの毎日。
実家も遠くて、話せる相手もいない。ストレスはたまる一方。

赤ちゃんに泣かれると、どうして泣くのかわからず、つらくて、
時には苦しくて、ベランダに出て、ひとり泣いていました。

思うようにいかない育児。
仕事ではキャリアから外されたような寂しさ。
いろんな気持ちが混ざり合っていました。

助産師でも、子育て初心者は不安でしかありませんでした。

そしてさらに、その頃、小児科外来で虐待を受けた子どもたちのケアに多くかかわっていました。
命を落とした子。重い障害が残った子。
法律はあっても、子どもたちが迅速に守られない時代、産後の私が見た光景は悲惨でしかなかった。
子育てをしている自分と、この子どもたち、そしてその母親、すべてが重なって見えてならなかった。

心の底からどうにかしたいという気持ちが、沸いてきたのを思い出します。

虐待は突然起きるものではない。 もっと手前で、支えられたはずだった。
小児科は早期発見が重要!
でも、産科ならこの惨事を防げると強く感じました。

産科に戻り、母親を支えるこの仕組みづくりを行っていく

周産期センターに戻り、強い気持ちでシステムを構築していったのを覚えています。

当時の病院の院長に、虐待防止のためのシステム作りを院内で発表した時に、「このシステムはすばらしい。当院も何歩も前進したと思う!」と、お言葉をいただいたのを覚えています。

心から守りたい命、そして過去の自分に寄り添うように、支えたい母親

それが、私の産後ケアの原点なんです。


ふわまるの産後ケアが届けたいこと

産後ケアは、休む場所だけではありません。

ふわまるが大切にしているのは 「家に帰ってからの毎日が変わること」です。

当時の私が悩んできたこと、それは今も変わりません。

ならば、そこに手を差し伸べたい!!

抱っこの仕方、赤ちゃんの泣きへの対応、離乳食、上の子との関わり方—— その日だけでなく、その後の毎日が少しでも楽になるように。

「ずっと泣いていた赤ちゃんが、5分で寝ました」

「私でもこの子を安心させられると思えました」

「帰る頃には、また頑張れそうと思えました」

お母さんが自信を取り戻す瞬間を、何度も一緒に見てきました。


質を守ること、人を育てること

ただ預かるだけなら、助産師でなくてもできる。でも、助産師としてのケアがそこにあると、
現在、そう疑問を持った助産師たちが全国からふわまるに研修に来てくれています。

一組一組に丁寧に関わること。
スタッフを育てること。 それがふわまるの変わらない姿勢です。

スタッフひとりひとりが、お母さんをしっかり支えられる実力がついてきた。
お母さんも、赤ちゃんも、スタッフも、みんな笑顔で帰っていく。

それが、ふわまるの誇りです。


今、部屋を増やしたい理由

それは、1本の電話です。
「産後、つらくて……自分が怖い…そこの産後ケアを利用したい」
その声は切羽詰まっていて、20年前を思い出し、胸騒ぎがするほどでした。
すぐに駆け付けたい。
ここでゆっくり話を聞いてあげたい。癒したい。
地域につなげていくことはできました。

ただ、ふわまる助産院には、受け入れられる部屋がありませんでした。
あの電話が、今も忘れられません。

枠があれば、つながれる。
受け入れられる親子を増やすために、今、部屋を増やしたいと思っています。

救われるはずの親子が、きちんと救われる社会へ。
どうか、この場所を必要としている方に届けさせてください。